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第一王子アルトリウスが、
クラリッサの瞳を見なくなったのは―― 学園祭の夜からだった。表面上は何も変わっていない。
けれどクラリッサには分かっていた。
今夜の舞踏会が、決定的な転機になると。◆
王立宮殿、大広間。
冬の終わりを告げる最後の舞踏会は、今夜も華やかな光に満ちていた。
千の蝋燭が黄金の天蓋を照らし、弦楽器の調べが夜を彩る。
貴族たちの笑い声が重なり合い、その中心には一人の令嬢がいた。
クラリッサ・ド・アルベリオン。
紅のドレスを纏うその姿は、誰の目にも気高く美しい。
王国屈指の名門アルベリオン公爵家の長女。
そして第一王子アルトリウスの婚約者。
誰もが思っていた。
いずれ彼女は王妃になるのだと。――少なくとも、この瞬間までは。
クラリッサは広間を静かに見渡した。
視線が集まることには慣れていた。
だが今夜の視線は、いつもと少し違った。値踏みするような目。
哀れむような目。 何かを知っていて、知らぬふりをしているような目。噂は、既に広まっているのだろう。
それでもクラリッサは背筋を伸ばした。
(最後まで立っていなければ)
アルベリオン公爵家の令嬢として。
理を守る者として。給仕からグラスを取ろうとした、その瞬間――
誰かの肩が、かすかに触れた気がした。「マリア!」
広間を裂くように、アルトリウスの声が響いた。
楽団の演奏が止まり、ざわめきが凍りつく。
階段の下に、一人の少女が倒れていた。
聖女マリア・ルヴィエール。
純白のドレスがこぼれた葡萄酒を吸い込み、赤い花のように染まっている。震える指先。
青ざめた顔。 今にも泣き出しそうな表情。「……殿下、私は大丈夫です……」
その姿に、会場の空気が一気に傾いた。
「聖女様を突き落としたのか?」
「まさか……」 「アルベリオン嬢が?」囁きが広がる。
クラリッサは静かにその光景を見つめた。
驚きはなかった。ただ胸の奥に冷たい確信だけが走る。(来た)
その時――
マリアの胸元に刻まれた聖紋が淡く光った。黄金色の光。
会場から息を呑む音が漏れる。「理紋が反応している……」
「王家の理紋は真実を語る」王宮内の偽証に反応し、罪を暴くと伝えられる王家の秘跡。
だがクラリッサには違和感があった。
(こんな光……自然じゃない)
美しすぎる。
整いすぎている。 まるで誰かが丁寧に描いた絵のように。その時だった。
階下でマリアが顔を上げる。二人の視線が交差した。
微笑んでいる。
けれど、その瞳だけが笑っていなかった。ぞくり、と背筋に寒気が走る。
「クラリッサ様も……迷われただけなのです」
優しい声。
誰もが心を打たれるような声音。だがクラリッサには聞こえた。
その奥に潜む、かすかな嘲りを。(予定通り……そう言っている)
「クラリッサ・ド・アルベリオン」
アルトリウスが冷たく告げる。
「弁明はあるか」
クラリッサは静かに顔を上げた。
かつては優しかった瞳。
学園で共に過ごした日々。 未来を語り合った時間。その面影は、もうどこにもない。
いや――学園祭の夜から、既になかった。
「もう、何を申し上げても、信じてはいただけないでしょうか?」
会場がざわめく。
「最後に一つだけ、お願いがあります」
「……なんだ」
「どうか思い出してください。
私たちが共に過ごした日々を」一瞬、アルトリウスの瞳が揺れた。
だが次の瞬間、その視線はマリアへ向く。
いや――
正確には、彼女の胸元で輝く光へ。 まるで引き寄せられるように。(まさか……記憶まで)
違和感が確信へ変わる。
あの光は何かを隠している。
何かを固定している。 そして、誰かの記憶すら歪めている。「クラリッサ・ド・アルベリオン」
アルトリウスの声が響く。
「聖女への傷害未遂、王家への反逆的行為により――
婚約を破棄し、王都より追放とする」広間から音が消えた。
父のアルベリオン公爵が一歩踏み出しかける。
しかし周囲の貴族たちが静かに道を塞ぐ。母は唇を噛み締め、声を上げない。
まるでここが、最初から決められていた舞台であるかのように。
クラリッサは静かに目を閉じた。
不思議と怒りも悲しみも。
湧いてこない。だが、胸の奥を満たしていたのは、拭いきれない違和感だった。
私がおかしいのではない。
世界の方がおかしい。そんな確信にも似た感覚。
耳元で誰かが囁いた。
「お疲れ様でした」
マリアだった。
いつの間にか、すぐ傍まで来ている。「……何のことでしょう」
「これで終わりですもの」
「終わり……?」
「ええ」
マリアは楽しげに囁く。
「私が断罪される物語は、これで終わり。
これからは、あなたが悪役令嬢でいてくださいませ」クラリッサの背筋が凍る。
この少女は、聖女なんかじゃない。
もっと別の存在だ。 もっと恐ろしい何か。その瞬間――
頭の奥で、何かが弾けた。光る板。
指先で文字を操る自分。そして――
この光景を、どこかで知っている。だが次の瞬間には霧が晴れるように消えてしまった。
マリアは一歩下がる。
その表情は、誰もが知る慈愛に満ちた聖女そのもの。広間の誰一人として、その異様さに気づいていない。
気づいたのはクラリッサただ一人。この断罪劇には、まだ何かが隠されている。
世界のどこかに、失われた真実が眠っている。そして――
自分の物語は、まだ終わっていない。胸の奥から、誰かの声が響いた。
【プリムローズ・メモリア 再接続】
その名を聞いた瞬間。
世界が、ほんのわずかに軋んだ。止まっていた歯車が、再び動き始めるように。
鐘の音が、王宮全体に重く響き渡っていた。 王の崩御を告げる鐘――。 控えの間へ駆け込んだエルネストは、その音を聞いた瞬間、足を止める。「……本来、ひと月は喪に服すべきであろう」「殿下!」 ガウスが駆け寄る。「エルネスト様、大変なことに――」「わかっている」 その声は静かだったが、怒りを押し殺していることは誰の目にも明らかだった。「だが、母上と父上の最後の対面を邪魔したくない」 しばらくして、扉から王妃セリーヌが姿を現す。 青ざめた顔には疲労が色濃く刻まれていた。「エルネスト……ありがとう」「兄上は立会いなしで戴冠準備を進めるようです」「アルトリウスは、喪に服すつもりもないと……」「お気持ちまでは、分かりません」 クラリッサは首を横に振る。「ですが……迷っておられました。」「最後は、マリア様に押し切られるように……」 エルネストは拳を強く握る。「兄上が、自ら望んだとは思えない。」「だが、このままでは王家そのものの正統性が揺らぐ。」 重苦しい沈黙が落ちる。◇ その時だった。 扉が静かに叩かれる。「失礼いたします。」 入ってきたのは王宮書記官だった。「殿下。重臣方より、王位継承について異議が出始めております。」「異議?」「立会いなき継承だけではございません。」 書記官は視線を伏せた。「本来、王位継承順位は生誕順ではないのか、と」「……待て。」 エルネストの眉が動く。「それなら第一位は私のはずだ。」 書記官は答えられず、静かにセリーヌを見た。 その視線だけで、すべてを悟る。 セリーヌはゆっくりと目を閉じた。「……もう」「隠し続けることはできませんね。」「母上?」 エルネストが戸惑う。 セリーヌは静かに息を吸った。「ルシアンは……私の産んだ子ではありません。」 空気が凍り付く。「本当の母親は、先代王妃様です。」 誰も声を上げられなかった。「ルシアンは、本来――第一王子として生まれた子でした。」 クラリッサは思わず息を呑む。 ジュリアンの手帳が震える。「では……」 エルネストが呟く。「ルシアンは、本来、私より上位継承者……。」「ええ。」 セリーヌは涙を堪えながら頷いた。「先代王妃様は、ルシアンを産んですぐに亡くなられました。」「その直後から宮廷は割れました。」
扉が、大きく開かれた。 部屋の中央――寝台には、静かに眠るような国王オルディアスの亡骸。 その傍らには、アルトリウスとマリアが並んで立っていた。 室内を満たす静寂は、王の死を受け止めきれずにいるかのようだった。「――マリア様」 クラリッサは一歩前へ進み、震える声で問いかける。「今……何と、おっしゃいましたか」「聞こえた通りですわ」 マリアは静かに振り返る。 先ほどまでの動揺は、すでに跡形もなく消えていた。「陛下の最期のお言葉です」「『王として、生きるがよい』――そう、アルトリウス様へ仰せになりました」「それは……」 ジュリアンが思わず声を漏らす。「本当に、そのようなお言葉を?」「ええ」 マリアは穏やかに微笑んだ。 しかし、その微笑みにはどこか哀しみを装った影が差している。「陛下は最期まで、お嘆きでした」「どうして……アルベリオン一族が、この場にいないのか、と」 その言葉に、クラリッサの顔から血の気が引く。(陛下が……)(まるで私たちが見捨てたように聞こえる……)「私を追放して、父様を地下牢に閉じ込め ……その言葉を、今さら口になさるのなんて」「クラリッサ様」 マリアは静かに続けた。「ご自分が罪人として裁かれた立場を、お忘れですか? 私は真実しか申し上げておりませんのに」「あなたは都合よく真実を歪めているだけ」「どうでしょうか?」 マリアは小さく首を傾げる。 責め立てるでもなく、ただ不思議そうに問い返す仕草。 だからこそ、その一言は胸へ深く突き刺さった。「私は陛下をお救いできませんでした」 クラリッサは唇を噛み締めながらも、まっすぐマリアを見据える。「その悔いは、一生消えないでしょう」 一歩、前へ踏み出した。「ですが――」「陛下の最期の願いまで利用されることだけは、決して許しません」 一瞬だけ、マリアの瞳が揺れた。 しかし彼女はすぐに微笑みを取り戻す。「利用……ですか?」「私も、ただ事実を申し上げているだけですわ」「陛下はまだ崩御される病状ではありませんでした」 クラリッサは静かに言葉を重ねた。「だからこそ、お尋ねします」「陛下に、最期まで付き添っておられたのは、誰だったのですか?」「クラリッサ!」 鋭い声とともに、アルベリオン公爵が娘の肩へ手を置いた。 その瞳は静
王宮の最奥部。 王の私室へ続く廊下には、人の気配がなかった。 静まり返っている。 窓から差し込むやけに大きな星だけが、白い床を照らしていた。 王の私室には、静かな空気が流れていた。 寝台に横たわる国王オルディアスは、ゆっくりと目を開く。 その視線は、枕元に立つ二人へ向けられた。「……なぜ、ここに『記憶の一族』がいない」 誰も答えない。 答えられる者が、この場にはいなかった。「レオポルドは……どうした」「父上」 アルトリウスは寝台の傍らへ膝をつく。 王はゆっくりと部屋を見回し、それから静かに目を閉じた。「……そうか」「余が、幽閉したのだったな」 その一言は、誰へ向けたものでもない。 己の過ちを認める、小さな悔恨だった。 傍らに立つマリアは、その変化を興味深そうに見つめる。「まあ……」「蝋燭の最後の輝きのよう。 理紋の力が戻ってまいりましたのね」 王はゆっくりとマリアへ視線を向けた。 その瞳に、かすかな光が宿る。「……この女狐が 国を、ここまでかき回すとは」 激しくせき込み、肩が震える。「陛下、お加減がよろしくないようですわ」 マリアは水差しへ手を伸ばした。 しかし、それよりも早くアルトリウスが手を伸ばす。「私が」 短い一言だった。 王の口元へ静かに水差しをあてる。 マリアは何も言わず、その手を引いた。 一口、水を含んだ王は、小さく息を整えた。「父上」「はい」「アルトリウス、お前には……本来、 何もせずとも『解析』と『共鳴』が集っていた」「争う必要など、なかったのだ」 アルトリウスは目を見開く。「ですが父上、継承はルシアンに……」「そう思わせたのは、余の過ちだ」 王は力なく首を振る。「王は、迷ってはならぬ」「余は……その務めを果たせなかった」 部屋を静寂が包む。 やがて王は、窓の外へ視線を向けた。「今宵は……『星が落ちる夜』だな」 マリアは優しく微笑みかける。「占い師たちが一斉に陛下の運命を占い、 その先が闇に包まれていることを知るでしょう」「ですが、陛下、 わたくしは、ずっとお傍に――」「黙れ」 その声は掠れていた。 それでも王の威厳だけは失われていない。「アルトリウス」「はい」 国王は、静かに、しかし、確かな声で続けた。 窓の外、夜空に無数の
幽閉によって衰弱していたレオポルド公爵を救出し、 一行がセリーヌの私室へ戻った頃には、 すでに日暮れの気配が忍び込んでいた。 扉が叩かれる。「エルネスト殿下」 カリドンの声だった。 張り詰めた響きに、一同は、すぐに顔を上げた。「入ってくれ」 扉が開く。 カリドンの表情は、これまで見た中で、最も硬かった。「王宮より、急使が参りました」「陛下が――」 彼は、一度、言葉を切った。「危篤との、由にございます」 控えの間に、重い沈黙が落ちた。「……いつからだ」 エルネストの声は、抑えられていたが、微かに震えていた。「昨夜半より、容体が急変し、今朝方、侍医が匙を投げたと」「もう、幾日も、保たぬだろうと」「そんな……」 クラリッサは、思わず、声を漏らした。 セリーヌが、青ざめた顔で、扉の陰から進み出た。「私も、共に参ります」「母上」「これ以上、待つわけにはいきません」 セリーヌの声には、これまでにない、強い意志が宿っていた。「たとえ、この身が、どうなろうとも――夫の、最期に、立ち会わないわけには」 エルネストは、しばらく、母を見つめた。 それから、静かに頷いた。「分かりました」「共に参りましょう」◇ 控えの間の隅、レオポルド公爵が、ゆっくりと立ち上がった。「私も、参ろう」「父様、まだ、お体が」 クラリッサが、驚いて振り返る。「大丈夫だ」 レオポルド公爵は、まだ衰弱していたがクラリッサの手を力強く握りしめた。 その笑みは、記憶の中の父のものと、寸分違わなかった。(違和感なんて……気のせいだったの、かしら)(父様は、父様だわ)(そう、思いたい) 彼女は、その考えを、無理やり胸の奥へ押し込んだ。 今は、そんなことを、確かめている場合ではない。 国王の、最期が、迫っている。◇ ガレスが、通路の奥から、足早に戻ってきた。「表門への道は、私が、確保します」「私が、王都に残っていた間の、多少の伝手は、まだ残っているはずです」「頼めるか」 エルネストの問いに、ガレスは、深く頷いた。「これが、私にできる、せめてもの償いです」 その瞳には、もう、迷いはなかった。◇ 一行は、裏路地を抜け、密かに用意された馬車へと乗り込んだ。 カリドンが、御者台に上がる。「王宮までは、通常なら半刻。で
闇の中、剣戟の音だけが、断続的に響いた。「ジュリアン、灯りを!」 エルネストの声に、ジュリアンが、素早く懐から小さな魔導灯を取り出す。 淡い光が、牢内を照らした。 リザードマンは、想像以上に俊敏だった。 巨体に見合わぬ動きで、エルネストとルシアンの攻撃を、次々とかわしていく。「兄上、右です!」「分かっている!」 エルネストの剣が、再び穂先を弾く。 衝撃に、彼の腕が僅かに軋んだ。「硬い……鱗が、通常の武器を弾く」「だんだん、目が慣れてきました」 ルシアンが、槍が突き出された腕に剣を振り下ろす。 閃光と共に、リザードマンの片腕に、深い傷が刻まれた。「グァアアアッ!!」 初めて上がった、明確な悲鳴。 ルシアンはそのまま踏み込み、剣の柄で顎を打ち据えた。 リザードマンが、怯んで後退する。 その間合いへ、ルシアンはさらに踏み込んだ。 返す刀が、巨体の胴を薙ぐ。 巨躯が、大きく沈む。 「これで後一体!」 残されたリザードマンは背後に迫るルシアンに視線を走らせる。「そこだっ!」 エルネストの踏み込みにリザードマンは大きく槍を振るう。 間合いを見切っていたエルネストが半歩退いて槍を躱すと 背後からルシアンの一撃が首筋に振り下ろされる。 ガキィ。 鱗に阻まれながらも上体が大きく揺らいだ。 がら空きになったエラを目掛けにエルネストが剣を突き立てる。 「ギィィィ」 傷を負いながらも、なお、瞳に狂気じみた光を宿し、 クラリッサに狙いを定めた。「しぶとい……」 カリドンが、壁際で、震える声を漏らした。 クラリッサの手の中で、薄桃色の本が、微かに光を強める。【開錠:確認】【ガレス共鳴開始】(もう少し――) リザードマンが迫る中、クラリッサは息を止めた。 ガレスの方を見る。 彼は、剣を抜いていた。 だが、その切っ先は、リザードマンにも、 クラリッサたちにも、向いていなかった。 ただ、震える手で、宙に浮いたまま。「ガレスさん」 クラリッサは、もう一度、呼びかけた。「あなたが、本当に守りたいものは、何ですか」「私、は……」 ガレスの声が、掠れた。「私は……殿下、を……」 その瞬間、彼の瞳から、色が――戻った。 一瞬だけ。 だが、確かに。「殿下を、お守りする、それが……!」 ガレスは、剣を
地下水路に続く裏階段は、思っていたより長かった。 クラリッサは、エルネスト、ルシアン、ジュリアンと共に、石造りの闇を降りていく。 ランプの灯りが、壁に伸びる影を揺らした。「この先です」 先導するルシアンが、声を潜めた。「地下牢の入り口には、常に二名の衛兵が」「私が、話をつけます」 エルネストが、静かに前へ出た。 衛兵たちは、松明の下で、エルネストの顔を見るなり、僅かに目を見開いた。「殿下……!?」「静かに」 エルネストは、指を立てた。「お前たちに、危害を加えるつもりはない。下がっていてくれ」 衛兵の一人が、剣の柄に手をかけようとする。 だが、もう一人が、それを制した。「……殿下の、仰る通りに」「見なかったことに、いたします」 二人は、無言のまま、階段を上がっていった。 カリドンが、小さく息を吐く。「まだ、殿下への忠誠は、完全には失われていないようです」「それだけが、救いだな」 エルネストは、重い鉄扉に手をかけた。◇ 牢の奥、最も深い一室。 薄暗い灯りの下、椅子に腰掛けた男が一人。 鎧姿のまま、微動だにせず、こちらを見つめている。「――ガレス」 エルネストが、静かに呼びかけた。 ガレスは、ゆっくりと立ち上がった。「殿下」 その声には、抑揚が、ほとんどなかった。「無断で、地下牢への立ち入りは、許されておりません」「お下がりください」「ガレス、私だ」 エルネストは、一歩、前へ出た。「お前が、王都に残ってから、何があった」「私は、聖女様のご命令に従い、罪人アルベリオン公爵の監視を務めております」「それが、私の役目です」「罪人……?」 クラリッサの声が、震えた。「父は、何もしていません」 ガレスの視線が、クラリッサへ動いた。 一瞬、その瞳に、僅かな揺らぎが走った。 だが、すぐに、元の無表情へ戻る。「アルベリオン公爵は、王家への叛意を企てた罪人です」「聖女様が、そう仰いました」「それが、全てです」 ジュリアンが、手帳を握りしめたまま、小さく呟いた。「……理由を、問おうとしない」「まるで、それ自体が、思考の外にあるかのように」 クラリッサは、一歩、進み出た。「ガレスさん」 その呼び方に、ガレスの肩が、微かに揺れた。「覚えていらっしゃいますか。訓練場で――」「私が、初めて







